『パワー・ハラスメントについて』その1 弁護士 齋藤 拓
1 はじめに
近時,日本スポーツ界におけるパワー・ハラスメント(パワハラ)の問題が頻繁に取り沙汰されました。
これらの報道の中で,パワハラに関して専門家が解説する機会も増え,
社会のパワハラに対する関心が高まっています。
一方,一般企業においても,パワハラ問題は深刻化しています。
厚生労働省が2016年7月から10月にかけて実施した
「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の報告書によれば,
企業における従業員向けの相談窓口で受ける相談のうち,
最も多いテーマがパワハラ(32.4%)という結果が出ています。
また,「過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがあると回答した従業員」の割合は,
4年前の25.3%から32.5%に増加していることも明らかとなりました。
このような中,昨年12月,厚生労働省は,職場でのパワハラについて,
法律で企業に防止対策を義務付ける労働施策総合推進法改正などの
関連法案を今年の通常国会に提出することを決め,
同関連法は2020年から施行される見込みとなっています。
そこで今回は,パワハラ問題について考えてみたいと思います。
2 パワー・ハラスメントとは・・・?
1 パワハラと,上司の適正な指導との区別の問題
「新入社員以下だ。もう任せられない。」
「何で分からない。おまえは馬鹿。」
会社の日常において,こんな会話が,
上司から部下に対して行われることは,珍しいことではないかもしれません。
このような叱責は,上司の適正な指導として,許容される範囲なのでしょうか。
それとも,パワハラとして違法となるのでしょうか。
これまで,パワハラについては,セクハラや,
妊娠・出産した女性へのマタニティ・ハラスメント(マタハラ)と異なり,
法律に規定がなく,その防止義務は企業の自主努力に委ねられていました。
一方,上司は,自らの職位・職能に応じて権限を発揮し,
業務上の指導監督や教育指導を行い,
上司としての役割を遂行することが求められています。
ですから,職場でのパワハラ対策は,
このような上司の適正な指導を妨げられるものであってはなりません。
このように,法律に規定がなく,
また適正な指導との線引きが不明確であるところに,
パワハラ問題のむずかしさがあります。
2 厚生労働省によるパワハラの定義と,裁判所での取扱い
厚生労働省は,パワハラを,「同じ職場で働く者に対して,
職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に,
業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
と定義付けるとともに(※1) ,上司から部下に行われるものだけでなく,
先輩・後輩間や同僚間,さらには部下から上司に対して
様々な優位性を背景に行われるものも含むとしています(※2) 。
しかし,一方で,大方の裁判例では,問題となっている行為について,
パワハラの定義を示したり,定義に当てはまるかどうかの検討が行われるのではなく,
民法上の不法行為(民法709条)や
債務不履行(労働契約上の職場環境配慮義務など,民法415条)の問題として,
事件ごとの個別事情に照らし,職務上の必要性などの正当な理由があるか,
必要な限度を超えていないかなどを検討して,その違法性の有無を判断しています。
ですから,上司等による業務上の指導が,パワハラとして違法行為となるかどうかは,
非常にむずかしい問題であり,明確な線引きを図ることは容易なことではありません。
しかし,そうであるとすれば,違法とまではいえないモラルの問題としての不適切な行為を含めて,
パワハラをしてはならないという理解を,職場内で周知徹底していかなければならないのかもしれません。
(※1)厚生労働省・職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議・平成24年3月15日付け・
「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」4頁
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370-att/2r9852000002538h.pdf
(※2)厚生労働省・職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議・平成24年1月30日付け
「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」5頁
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000021i2v-att/2r98520000021i4l.pdf
(その2に続きます!)